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中日・中田翔、最後は“自分らしく”フルスイングで三振

9月19日 中日2―6ヤクルト(バンテリンドームナゴヤ)
試合後に中田翔選手(36)の引退セレモニー。最後の打席は「三振でもいい、すっきりしたスイング」で締め括り。


目次

リード(要約)

中田翔が「4番・一塁」で先発し、通算7116打席目は空振り三振。試合後のセレモニーでは涙ながらに感謝と謝意を述べ、「ドラゴンズのユニフォームを着られて本当に幸せでした」と締めた。ダルビッシュ有、坂本勇人、丸佳浩、岡本和真らからのメッセージも寄せられ、18年のキャリアに幕。


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試合・登場シーン

  • 先発出場:4番・一塁
  • 最終打席:通算7116打席目、フルスイングで三振
  • コメント:「三振でも良いので自分らしいすっきりしたスイングをしたいと思っていた。相手投手が真っすぐで勝負してくれて気持ちのいい打席になった」

セレモニーの流れ

  1. VTR上映:日本ハム・巨人・中日・侍ジャパンの雄姿を回顧
  2. ビデオレター:坂本勇人、丸佳浩、岡本和真、ダルビッシュ有
  3. 花束贈呈:先輩・同僚から。栗山英樹氏、稲葉篤紀氏サプライズ登場
  4. 本人スピーチ:「ドラゴンズのユニフォームを着れて本当に幸せでした」
  5. 胴上げ・場内一周:大きな拍手の中、感謝をかみしめて凱旋

一問一答ダイジェスト

  • 今日という一日:「多くの方の協力に感謝。最後、大きな声援をいただけてよかった」
  • フルスイングの意図:「楽しむこととフルスイングを忘れないように」
  • 花束贈呈の心境:「このメンバーで優勝したかった。いろいろフラッシュバックした」
  • 涙について:「稲葉さんが僕より泣いていたのはズルい(笑)。お父さんとお兄ちゃんのような存在」
  • 胴上げ:「普通は経験できない特別な瞬間」
  • 18年間:「うまくいかないことの方が多かった。支えてくれた周囲への感謝
  • 場内一周:「もうこの光景をグラウンドから見られないのかと悲しい気持ちに。拍手をかみしめた
  • 今後:「野球で恩返し・貢献していきたい。一方で少し野球から離れたい気持ちも」
  • 東京ドーム最終打席辞退:「バンテリンでけじめをつけたかった。ジャイアンツファンには挨拶に行きたい
  • ダルビッシュのビデオ:「すごくありがたかった。翔平からないのはちょっとおかしいなと思いながらも(笑)」
  • “最後は野球を好きに”:「苦しい時期もあったが、大好きな形でやめられる

セレモニー挨拶要旨

「この2年間、ドラゴンズのユニフォームを着れて本当に幸せでした。本当にありがとうございました」
「一つ心残りはドラゴンズの力になれなかったこと。このメンバーで優勝したかった」
「若い選手には才能がある。今いるメンバーが優勝を見せてくれると信じている
家族、オカン、支えてくれた皆さんへ——心からありがとう」


ゆかりの面々からのメッセージ

  • 坂本勇人:「昭和のにおいがするカッコいい野球選手。18年間お疲れさま
  • 丸佳浩:「同世代の牽引役。体をリフレッシュして野球界へ貢献を
  • 岡本和真:「一緒にプレーできた時間は一生忘れない。次は笑顔で再会を」
  • ダルビッシュ有:「誇りに思う。落ち着いたら一緒に食事に

数字で振り返る中田翔

  • 現役通算18年
  • 本塁打309本
  • 最終出場:中日4番・一塁
  • 最終打席:フルスイングで空振り三振(通算7116打席目
  • 守備:一塁での柔らかなグラブさばきは球界随一の評価

※数字は文中の記載ベース。詳細成績は公式記録をご参照ください。


筆者のひと言(所感)

  • チャンスでの三振・凡打にがっかりした記憶も多い。それだけ4番への期待が大きかった
  • 豪快な本塁打で悠然とダイヤモンドを回る姿、一塁守備の巧さは強烈な印象。
  • 春のセンバツで投打の主軸だった高校時代からのスター性
  • 沖縄キャンプで、外野フェンス沿いに一歩ずつスイングして歩く姿に大きな夢を見た。
  • まずは「お疲れさまでした」。ドラゴンズに来てくれて、こちらこそありがとう

ファンの声(抜粋)

全国区の選手が少ないドラゴンズに来てくれてありがとう
「数字では語れない影響を与えてくれた」
「巨人時代、秋広の初本塁打の後にサヨナラ弾——“手本を見せる”は男前すぎた」
「守備で想像以上に魅了された。もっと長く見ていたかった」
昭和の香りがする、やんちゃで愛されるスター。18年間お疲れさま


まとめ

  • 最後の打席もフルスイング。らしさ全開で“中田翔”をやり切った夜。
  • 感謝と謝罪、そして後輩への期待を残し、ドラゴンズでの2年間に幕。
  • 少し野球から離れる意向もにじませつつ、「野球で恩返し」の道を模索。
  • 名古屋に刻んだは、数字以上に確かに残った。18年間、本当にお疲れさまでした。

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