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愛知県出身のプロ野球OBが凄すぎる理由

愛知県出身のプロ野球OBが凄すぎる理由

 

中日ドラゴンズをはじめとするプロ野球チームには、数多くの愛知県出身の選手がいます。

今回は、愛知県出身のプロ野球OBには、どのような選手がいるかみていきましょう。

 

目次

投手

まずは投手です。

浅尾拓也(知多市、中日コーチ):常滑北高→日本福祉大→中日

岩瀬仁紀(西尾市、解説者):西尾東高→愛知大→NTT東海→中日

金田正一(稲沢市、故人):享栄商業高(現・享栄高)→国鉄→巨人

金田留広(名古屋市、故人):愛知高→愛知学院大→日本通運浦和→東映・日拓→ロッテ→広島

工藤公康(豊明市、ソフトバンク監督)

:名古屋電気高(現・愛工大名電高)→西武→ダイエー→巨人→横浜→西武

小池秀郎(一宮市、NOMOベースボールクラブ理事・トレーナー)

:武蔵工大付属信州高(現・東京都市大塩尻高、長野県)→亜細亜大→松下電器→近鉄→中日→近鉄→楽天

 

近藤真市(一宮市、中日スカウト):享栄高→中日

杉浦忠(豊田市、故人):挙母高→立教大→南海ホークス

武田勝(名古屋市、日本ハムコーチ):関東第一高(東京)→立正大→シダックス→北海道日本ハムファイターズ

長谷川良平(半田市、故人):半田商工学校(半田商業高)→安田商店・安田繊維→新田建設→第一繊維→広島

槙原寛己(半田市、解説者):大府高→巨人

吉田修司(江南市、豊川高コーチ):滝高→北海道拓殖銀行→巨人→ソフトバンク→オリックス

 

浅尾拓也、岩瀬仁紀は勝利の方程式として中日ドラゴンズの黄金時代を支えました。岩瀬仁紀は日本プロ野球界初の1000試合登板を達成しています。

 

 

金田正一はプロ野球界唯一の400勝投手で、引退後はロッテの監督を務めました。金田留広はロッテの優勝に貢献しMVPにも選ばれています。その時の監督は、兄でもある金田正一です。

 

 

工藤公康は、最優秀防御率を4回、MVPを2回獲得するなどの活躍で通算224勝、優勝請負人としても知られています。

 

小池秀郎は、ドラフト指名時に、最多タイとなる8球団が競合しました。

 

近藤真市は、プロ初登板時にノーヒットノーランを達成しています。

 

杉浦忠は、アンダースローで通算187勝を挙げました。

 

武田勝は、エースを務めた時期もあり、オールスターにも出場しています。

 

長谷川良平は、通算197勝を挙げ、野球殿堂入りもしました。

 

槙原寛己は、新人王を獲得したほか、完全試合も達成しています。

 

吉田修司は、最優秀中継ぎのタイトルを2回獲得し、ホークスの優勝に貢献しました。

 

 

 

捕手

次に捕手です。

市川和正(半田市、保険会社勤務):国府高→東海大→横浜

大宮龍男(岡崎市、解説者):享栄高→駒澤大→日本ハム→中日→西武

木俣達彦(岡崎市、解説者):中京商業高(現・中京大附属中京高)→中京大→中日

辻恭彦(名古屋市、解説者):享栄商業高→西濃運輸→阪神→横浜大洋

山倉和博(大府市、解説者):東邦高→早稲田大→巨人

 

市川和正は、レギュラーとなったシーズンは少なかったが、ハーフスイングをごまかす忍者打法や、際どいインコースの球をデッドボールと抗議する姿などが有名な記憶に残る選手でした。

 

 

大宮龍男は、ダイヤモンドグラブ(現・ゴールデングラブ)賞を獲得した一方で、サイクルヒットも達成したこともあります。

 

 

木俣達彦は、ベストナインを5回獲得し、通算安打数は1876本、攻守に活躍しました。

 

辻恭彦は、40歳を超えても現役を続け、実働22年でした。

 

山倉和博は、1987年には、巨人の捕手では史上初となるシーズンMVPを獲得しています。

 

 

内野手、外野手

最後に、内野手、外野手です。

赤星憲広(刈谷市、解説者):大府高→亜細亜大→JR東日本→阪神

イチロー(鈴木一朗、豊山町、シアトル・マリナーズ会長付特別補佐)

:愛工大名電高→オリックス→MLB(マリナーズなど)

 

稲葉篤紀(北名古屋市、侍ジャパン監督):中京高(現・中京大附属中京高)→法政大→ヤクルト→日本ハム

後藤孝志(一宮市、巨人コーチ):中京高→巨人

杉浦享(幡豆町、解説者):愛知高→ヤクルト

高木浩之(稲沢市、西武コーチ):享栄高→駒澤大→西武

高橋雅裕(豊明市、解説者):名古屋電気高→横浜→ロッテ

彦野利勝(名古屋市、解説者):愛知高→中日

平野謙(名古屋市、BCリーグ・群馬シニアディレクター):犬山高→名古屋商科大→中日→西武→ロッテ

山内一弘(一宮市、故人):起工業高→川島紡績→毎日→阪神→広島

山﨑武司(知多市、解説者):愛工大名電→中日→オリックス→楽天→中日

 

赤星憲広は、盗塁王を5回獲得した足のスペシャリストです。

 

イチローは、日米のシーズン最多安打数を更新し(当時、現在は現・レッズの秋山翔吾が最多)、日米通算4000本安打をマークするなど数々の実績を残しました。

 

稲葉篤紀は、ベストナインを5回獲得するなど攻守にわたって活躍し、侍ジャパンの監督も務めています。

 

後藤孝志は、内外野を守れるユーティリティープレーヤーです。

 

杉浦享は、ベストナインに2回選ばれ、23年と長い現役生活でした。

 

高木浩之は、ベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞するなど、守備の名手です。

 

高橋雅裕は、1988年から1989年にかけて、ショートの連続無失策記録(当時)を更新しました。

 

彦野利勝は、ベストナインに選ばれ、オールスターでMVPを獲得したこともあります。

 

平野謙は、盗塁王を1回、ゴールデングラブ賞(外野手)を9回受賞しました。

 

山内一弘は、2000本安打を打ち、野球殿堂入りしています。

 

山﨑武司は、両リーグで本塁打王を獲得し、通算安打数は1834本です。

 

 

愛知県出身のプロ野球OBまとめ

愛知県出身のプロ野球OBについて見ていきました。

愛知県出身の選手は、実力のある選手から個性的な選手まで幅広い事が分かると思います。

 

愛知県のプロ野球OBをみると記録の凄い名選手が多いことがわかる。そんな選手の共通点としては個性的であることがあげられる。チームのためと言うよりも自分のプレーを貫き通すタイプが愛知県から多く出ているのである。これは県民性があるのかも知れない。

 

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